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私の一冊を選ぶとしたら

ぼんやりとテレビを見ていたら、大きな本屋さんを72時間観察するドキュメンタリー番組をやっていた。本屋さんに来ているお客さんたちにインタビューをする中で、21歳の女の子が「私の一冊はこれです」と、川上未映子の『ヘヴン』を紹介していた。

男の子がいじめられる話で、いじめられる女の子もいて、共に闘うようなシーンが出てくるのだそう。「自分の学生時代と重ね合わせたのですか?」と聞かれると、何となくの予想通り「小学生の時にいじめられていたことを思い出した」と言っていた。その後で、「これから就活とかあるんですけど、これが自分の一冊だと思えるような本があると、それが自分の芯になってくれる気がします」と言っていた。

なかなか良いこと言うなと思った。未読の『ヘヴン』も読んでみたくなったし、あなたならこれからの就活もきっと乗り越えられるよと思った。

私にとっての「私の一冊」は何だろう?と考えて、最初に頭に浮かんだのは、やっぱりリチャード・バックの『イリュージョン』だった。

以前のブログでも紹介したことがあるけど、なぜかこの本だけは心のどこかに引っかかっていて、特別な感覚が消えない。さっき手に取ってみたら、ちょうどインタビューに答えていた彼女と同じ年齢の時に読んでいた。

その後も何度か読み直していて、その度に少しずつ感想は変わってきたけど、数年前は「若い頃にこの本に感銘を受けるような人間は、自由なしでは生きられないよな」と思ったのを覚えている。それくらいこの本は、というよりリチャード・バックは、自由と空飛ぶことを愛する人なのだ。

そして、自由はいつも孤独と背中合わせだということを書いている。

このことを思うとほんのりと寂しくなってしまうけど、でも自由のない苦痛を感じている時は、孤独でもいいから自由がいいなあと思ってしまう悲しい性。そりゃ二十歳そこそこでこんな本に感化されているのだもの、しょうがないよね。

番組の最後に、本屋さんのお客さんや店員さんに「私の一冊」を選んでもらって、次々と紹介していた。ある人が「この本は人にはお勧めしません。私だけの本ですから」と自嘲気味に笑っていた。その気持ちは分かる気がする。結局、万人受けするお勧めの本なんて無いし、「私の一冊」と呼べるような本には他人の共感なんて求めていない。本好きだけに、本好きの気持ちだけは共感ができる。

好きな一冊を聞くのは、お勧めの本が知りたいというより、その人の人生が垣間見えるから面白いのかもしれない。

 

移動しました

ヨガを始めてしばらくして、ブログも始めました。それからちょうど丸6年、最初は誰かに向けて文章を書く練習、ヨガの練習を通して感じたことなどを書いていこうと思っていたけど、最近はそのブログを手狭に感じてきていました。なので、年が明けたこのタイミングで移動することにしました。

新年でもあり、新月でもある、この元旦は、新しいことを始めるのにちょうど良い気がします。

大晦日と元旦は、昨日と今日の違いだけで大して変わりがないと思えば、同じ一日です。変わらない一日や時間を区切って、特別な意味を持たせて、ありがたがったり、めでたいと思ったりするのは人間だけだなと思います。

でも、変わらないようなものが延々と続くところから、思い切って変化を起こすことができるのは、そうやってわざわざ区切られた日にちや時間があるお陰だろうと思うので、そのシステムに乗っかって、気分も新たにブログを移動することにしました。

だからと言って、何か特別なことを書いたりする訳ではありません。中身はこれまで通り、私が思いついたことをつらつらと書いていくだけです。だから、タイトルは「nothing special」にしました。そういう意味では、私にとってのヨガも、6年経って特別なものではなくなったのかもしれません。ただ、私の日常と人生の一部にヨガがあるのは間違いないので、多分特別ではないヨガのことも書くことになると思います。

今のところ私にも、このブログがこの先どんな風に変化するのか分からないけど、とりあえず変化を起こすために、小さな変化として移動してみました。

これからもよろしくお願いします。